・合意制度とは
合意制度(刑事訴訟法350条の2〜15)とは,いわゆる司法取引のことです。
被疑者・被告人が,他人(標的者)の犯罪について訴追(捜査・公判)に協力することと引き換えに,弁護人の同意の下検察官が協力した被疑者・被告人(協力者)に恩典を付与することを合意する制度です(いわゆる協力型)。これは,自己の犯罪を認める代わりに有利な取り扱いをしてもらう制度(いわゆる自己負罪型)とは異なります。
合意制度の対象は,「特定犯罪」(350条の2第2項)に限定されています。
・「特定犯罪」とは
「特定犯罪」には,以下の通り,大別して組織的犯罪と財政経済犯罪があります。なお,殺人,強制性交等などの生命・身体犯は含まれず,死刑または無期の懲役・禁錮に当たる罪も除外されています。
- 刑法犯
封印破棄,強制執行妨害関係(刑法96条~96条の6)
文書偽造等(刑法155条,155条の例により処断すべき罪,157条,158条,159条~163条の5)
贈収賄関係(刑法197条~197条の4,198条)
詐欺等,背任,恐喝,横領,業務上横領,遺失物横領(刑法246条~250条,252条~254条) - 組織的犯罪処罰法
組織的犯罪処罰法に係る強制執行妨害関係,詐欺,恐喝,犯罪収益隠匿,犯罪収益収受(組織的犯罪処罰法3条1項1号~4号,13号,14号,4条(3条1項13号,14号に係る部分),10条,11条) - 財政経済犯罪
租税法,独禁法,金融商品取引法の罪,その他の財政経済関係犯罪として政令で定めるもの(不正競争防止法の外国公務員贈収賄罪等) - 爆発物取締罰則,大麻取締法,覚せい剤取締法,麻薬及び向精神薬取締法,武器等製造法,あへん法,銃砲刀剣類所持等取締法,いわゆる麻薬特例法
- 上記各特定犯罪を本罪とする犯人蔵匿,証拠隠滅,証人威迫,組織的犯罪処罰法に係る犯人蔵匿,証拠隠滅,証人威迫(刑法103条,104条,105条の2,組織的犯罪処罰法7条1項1号~3号)
・取引で当事者が合意できる行為
合意の当事者は,検察官と被疑者または被告人です。被疑者または被告人には,法人も含まれます。弁護人は,合意の当事者ではありません。
合意制度で,当事者が合意できる行為は,以下の行為とされています(刑事訴訟法350条の2第1項)。二つ以上の行為を合意の対象とすることもできます。
- 合意事件の被疑者・被告人(協力者)がなし得る行為
イ 他人の刑事事件について被疑者・参考人の取調べで真実の供述をすること。
ロ 他人の刑事事件について証人尋問で真実の供述をすること。
ハ 他人の刑事事件について捜査機関による証拠収集に関し,上記イ,ロを除いた証拠提出その他の証拠収集に必要な協力をすること。 (※1) - 検察官がなし得る行為
合意事件について,
イ 不起訴処分
ロ 公訴取消
ハ 特定の訴因・罰条での起訴とその維持
ニ 特定の訴因・罰条の追加・撤回・変更の請求
ホ 特定の求刑 (※2)
へ 即決裁判手続の申立て
ト 略式命令の請求 - ①及び②の行為に付随する事項その他の合意の目的を達するため必要な事項 (※3)
(※1) 例えば,実況見分への立ち合いと指示説明,犯行現場の関係場所への引きあたりに際し,それらの場所へ案内することその捜査に専門的な知識を有するコンピューター・システムを捜査して,データ等の解析作業を行うこと,監視捜査への協力,海外に移転させた資産についての記録取り寄せ(マネーロンダリングを担当して口座名義人となった者その他当該口座に対して権限を有する者に記録を取り寄せさせること),法人が内部監査した報告書の提出等が含まれる。
(※2) ただし,検察官の求刑に裁判官は拘束されない。
(※3) 例えば,「付随する事項」としては,取調べでの供述合意における供述録取書等の作成,証言合意における遮蔽措置の申立て等が,「必要な事項」としては,求刑合意における検察官が予定していた情状立証の一部の撤回や収税官吏による質問調査に対して真実の供述をすること等が含まれる。
・合意の効果
合意が成立した場合,合意の当事者は合意内容の履行義務を負います。
合意の履行を確保するための方策として,当事者の合意違反の効果が規定されています(刑事訴訟法350条の13~350条の15)。例えば,合意違反の場合,原則として当該協議の過程での供述を証拠として使用することができなくなります。もっとも,当該供述を下に発見された証拠(派生証拠)は使用禁止になりません。